やっぱり義「捐」金だよねぇ
「義援金」と書かれたポスターを見ていつも友人と話しているのだが、災害にあった人のために金品を自発的に寄付するのだから、「捐」がなんといっても相応しい。「援」も読みは同じなのだが、援助の「援」だとなんか『(被災者に送ってやるから)援助の為に金だせYO』とか言われている雰囲気が漂っている気がしてちょっと嫌である。
因みに、プロバイダのお知らせなどで、毎回気になっているのが「障害」という言葉である。機能が妨げられた状態、機能不全なのだから(障「礙」と書けとまでは言わないが、せめて)碍子の「碍」を使って障碍と言え、といつも思う。障碍を受けたサーバーや障碍を持った人は害毒を垂れ流しているのではないのだから。
別に正字を墨守せよと言うつもりはない。何せお隣の漢字の本家でも、簡体字の採用に加え、同じ発音のより簡便な字で置き換えることはしているらしいし、実用上は略字の方が便利だからだ。しかしながら、義「捐」金も、障「碍」も、ついでに言うと被「曝」や「砒」素など、元来大して難しい漢字でもないものまで無理に別の漢字に置き換えたり、かな表記にする風潮があるのはどういうものかなぁと思っている(しかも、実は「援」より「捐」の方が字も簡単だ!)。
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